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“職人”にこだわることで見えてくる新しい可能性
アクリル職人・作家・デザイナー 俵藤ひでと氏

“職人”にこだわることで見えてくる新しい可能性
アクリル職人・作家・デザイナー 俵藤ひでと氏

俵藤ひでと氏の仕事場は小さな町工場が多くある一角に、ひっそりと存在する。入り口には“ひょうどう工芸”と書かれている。
「この“ひょうどう工芸”は、父の代から始まったアクリル加工工場です」。
アクリルで看板やTVのスタジオセットなどを作って納品する典型的な町工場。彼はここで育った。
「小学生のころからアクリルの端切れを曲げて、小さなスキー板を作って友達に譲り、お小遣い稼ぎをしていたんです(笑)」。
そこから俵藤氏のアクリル人生がスタートしたかと思うとそうではない。
「ま、当然反抗期のようなものもあって。専門学校でインテリアを学んだ後、鉄の加工会社でデザインを担当したりしていました。その頃は自分が本当に何をやりたいか模索していて、結果として父の手伝いをすることにしました」。

それが、17~8年前。そこからの快進撃だったのだろうか。
「ただ、アクリル加工業というのは下請けの下請けというような存在で、なんとかそこから抜け出したいと考えて、まだ未熟だったのですがアクリルの可能性を自分なりに模索し始めました」。
アクリルという素材としてだけでは大きな意味を持たない存在に立ち向かい始めた俵藤氏。

「アクリルという素材は、どちらかというとガラスの代用であったり、工業製品ということで低くみられがちでした。木や鉄、そしてガラスは素材自体に意味性や存在感があるのですが、アクリルはそれ自体では存在感が薄く、だからこそ、どう扱うか、どう接するかで大きく変わってくる。そこが自分にとっては大きな魅力だし、様々な可能性が生まれてくるのだと思います。ただそのためには、加工技術の上達だけでなく、素材の特性を熟知する必要がありました」。

アクリルの接合面を極端なまでに感じさせない技法。接着のテクニックなど、俵藤氏はアクリルそのものだけでなく様々な業種の人々とのコラボレーションを重ねていく。
「建築家の友人と始めた“Delivery Works”というユニットの活動は今でも自分自身の作品作りのベースになっています。またアートディレクターと組みエキシビションを行ったりすることで、ただ技術としてアクリルに取り組むのではなく、新しい造形というかアイデアをベースにアクリルの可能性を探ることも学びました。ただ、その全てのベースとなっているのは、自分自身の“職人”としての有り様なのだと思います。そこからスタートして、アクリルというある意味、不細工な素材に命を吹き込んでいくというのが今の自分だと思うのです」。

削り出しによるグラデーションのアクリル

mizukagami

ベースとなる技術を磨きながら、その新しい可能性を探ることでさらに自分自身も進化させるかのような俵藤氏。それは与えられた事象をこなすだけでなく、そこに何かしら潜む未来を見つけ出そうということなのではないか。

「よく職人かデザイナーかと聞かれるのですが、僕自身、美術教育を受けたわけではなく師匠もいなかったので、今でも職人とクリエイションと技術の狭間で戦っている感じです。ただ作るものの振り幅という意味では、日本一だという自負はありますが(笑)」。
作るものの振り幅。それは職人仕事的な内装や看板(といってもサイン・ディスプレイ)から、彼自身の作品までという意味だろう。
「僕は育った環境もあるのですが、アクリルと出会えてよかったなと思います。それは、この素材には他の素材にはないファンタジーがあると思うからです。素材自体は工業製品なのですが、加工自体はほとんど手作業になり、素材の特性の熟知とどうしても高度な技術が必要になります。そうなると職人的な部分が必要となるし、一方で技術だけで作ったものにはどうしても魅力が欠けてしまう。そう考えて、今では技術でコントロールする部分とコントロールしない部分のバランスを考えてのモノづくりを考え始めました」。

これからの“俵藤ひでと”はどこへ向かう

「ここ数年“茶道”に関わる機会が増え、勉強させていただいてます。そこで今まで気がつかなかった日本的な美意識を自分の作品に取り入れていこうと。さっきも話したコントロールできないというかしない部分。自然に任せていく美しさというものを意識し始めたんです。だからと言って、アート的なものだけではなく、従来通りの“ひょうどう工芸”としての看板や什器作りも決してやめたわけではなく、その両方からのフィードバックを楽しんでいきたいと思っています」。

今、俵藤氏の作品は、ホテル、レストラン、様々な展示会の什器や照明だけでなくアート的作品の発表など多岐にわたっていて、知らず識らず目にしているはずだ。
「新しい作品や様々な依頼に応えることも楽しいのですが、看板やお店の什器、照明器具などを設計したり製作することも大きな楽しみです」。

進化するには、そのベースとなる基礎を徹底的に高めなければならない。OCEANUSも時計としての基本を徹底的に高めた上で、さらに次のステップへと挑み続けている。その意味でも俵藤氏の左腕で時を刻む青い時計は、これから10年、20年と彼の進化を見続けていく。その先にどんな未来が待っているのかが、心から楽しみになる時間だった。

Text: Y.Nag | Photography: Yuuko Konagai

俵藤ひでと

アクリル職人・デザイナー・作家

(有)ひょうどう工芸取締役。2002年、デリバリーワークス設立。
2004年、NPO法人現代手工業乃党 設立、理事。
アクリルを中心にプロダクトからアートピース、伝統文化から店舗什器まで、領域を選ばず立体物のデザイン及び製作を行なう。
多摩美術大学環境デザイン科・素材実習講師。
1972年生。

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