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BLUE MOTIONSAugust 2017 issue
DEEP SILENCE
静謐の向こうに見えるもの

Next Wave

伝統を革新へ。 漆器の持つ新たな可能性

杉田明彦氏(漆工)

江戸時代より様々な伝統工芸が受け継がれている石川県金沢市。その地に既成概念にとらわれず、新しい価値観で伝統工芸を切り拓く、一人の男がいる。漆工・杉田明彦氏。彼が作り出すその静謐な漆の器は、まさにエレガントという言葉が相応しい。フランス料理の巨匠アラン・デュカス氏のパリのレストランでも使われているというのも納得である。

東京生まれ、大学では哲学科を専攻するも塗師を目指し、中退。その後、手打蕎麦屋で修行した後、輪島へと渡り、塗師の修行を始めるという、一風変わった経歴を持つ杉田氏。今回金沢を訪れ、静寂の中、独特な時が流れている工房で、杉田氏とその漆器の魅力について迫った。

自らを漆工と名乗る理由

「日本の工芸の歴史に関わることだと思うのですが、バブル時代に活躍した人の多くは、個性の強い作品を多く作り、自らを漆作家と名乗っていたんですね。そして私の親方に代表されるその次の世代の方々は、自らを“塗師”と呼んでいました。いにしえからの漆職人の名前ですね。アンチ作家的な意味もあるとは思うのですが、暮らしに則した真摯な器づくりへの回帰的な意味も込められているのだと思います。時代もバブルが崩壊して、ちょうど暮らし方や生活の見直しがはかられていたところでした。作家と塗師の大きな違いは、アーティストと職人と言えばいいんですかね。しかし私の感覚としては、作家も塗師も正直やっている事は同じだなと感じていたんです。アーティストのアートであれ職人の器であれ、物は物ですので。そこで自分の立ち位置を再確認した時に、金属工芸をやる方を金工と呼ぶのなら、私のやっている事は漆工と呼ぶべきだなとシンプルに思ったのがきっかけです」。
既存のあり方にただ沿っていくのではなく、本来あるべき自らの姿を見据える杉田氏。まさに今の時代に必要な考え方の持ち主である。ではそんな杉田氏が感じる漆器の魅力とは。

「まず、たとえ器が壊れて半分になったとしても、修理をしてずっと使えるという点は大きいです。それと漆の器って、手触りや口当たりがすごくいいんです。かなり繊細な表面の感じとかまで、表現できますしね。毎日使うか使わないかの判断基準にも関わるくらい、触感ってすごく大事なことだと思います。そして、使って頂くことが手入れとなり、それが愛情へと変わっていくことですかね。まずは一度使っていただければ、その良さは言わずとも感じていただけると思います」。
そもそも器に愛着を持つという感覚を、これまでに感じたことのある人は少ないと思う。しかし優しくゆっくりと語る杉田氏の言葉から、作り手としての器に対する深い愛情がひしひしと感じられる。器はけして、食事をする際に使う“ただの道具”ではないのだ。

日常品として、作品としての漆器

「器というのは、料理を入れることだけが仕事ではないので、置いたときの佇まいや空気感なども意識して作ります。そこにその器があるだけで、空間が変わって見えたら素敵じゃないですか」。
確かに杉田氏の作る器には、オーラとも言うべき、何とも言い表せない独特の存在感がある。その器に多くの人が魅了されるのも、自然とうなずける。
「あと、使っていて楽しくなる“もう一つの何か”ということを気に掛けて、作るようにしています。私が作る器にはマットな物が多いのですが、ピカピカしていると日常の食卓でどうしても器だけが浮いてしまうと私は感じるので、その場の風景をイメージし、馴染むように考えて作っていますね」。

作品に命を吹き込むための余白

杉田氏が目指す理想の器、そして完成形とは。
「ハレ(非日常)とケ(日常)を飛び越えられる器が作れたらいいなと思っています。そこで何を注意しなくてはいけないかというと、形が甘くなりすぎないというところ。表現として分かりづらいと思うんですが、品を保つと言った方がいいですかね。ものすごく繊細な感覚ですが、そこを注意しないと全てが狂ってきてしまうんです。」
作ったとき、わざと少しだけ緩い部分を残しているという。しかしそれは見事に計算されて作られた余白なのだ。年月を掛け、愛着を持って使い続けることで、その余白は次第に形を変え、安心感のある完成形へと導かれるのだ。

そんな杉田氏の目にOCEANUSはどのように映ったのだろうか。
「品のある落ち着いた見た目なのに、中にはしっかりとした仕事が詰まっているのがすごく伝わります」。

紋紗塗りをモチーフにした「OCW-G1200」を、漆のついた手で持つ杉田氏。漆工として共感するものを感じたことであろう。紋紗塗りをモチーフにした「OCW-G1200」を、漆のついた手で持つ杉田氏。漆工として共感するものを感じたことであろう。

見た目だけでない、中身にきちんとした仕事をしているからこそ、醸し出されるエレガンスさ。それは器でも時計でも同じである。つまりは関わった仕事の深さからしか伝わらないのかもしれない。

Text: Tatsuya Nakamura | Photography: Masashi Nagao

杉田明彦

1978年 東京都文京区生まれ。手打蕎麦店での修業の後、07年に輪島へ。塗師赤木明登氏に師事。その後独立し、和食器なのにモダンな雰囲気を持ち合わせる作品が人気の、新進気鋭の漆工。

http://www.sugitaakihiko.com/